2006年04月26日

ねぼすけさん

長文=壊れ気味の図式が完成しつつあるSinです。こんにちは。いやぁ、見事ダラダラ感たっぷりな文章となってしまいました。申し訳ない。





ところで…最近しみじみ感じるのですが、「気づくこと」って、ホント大事なことなんですねぇ。



とりあえず前方へ一直線に突っ走ったり、何度もバカやったりしたうちにふと立ち止まって、「俺は今まで何やっとってん…」とヘコんで。しかも、それが物事の本質を突いた、自分自身で認めたくなかったような事だったりすると、そりゃもうガッカリするわけで。



そういう時に「あたりまえ」として意識しなかったような物事などが、どんどん自分の側から離れていったり、壊れていったりするともう大変。



我を保とうとしても、なかなかうまくいかず、そのうち、元々できていたことすらできなくなって、残るものなんか、ほんのちっぽけな事だけになっちゃって。





ちょうど、今の私がそうです。



残念ながら。





それで、無力感を認めたくないもんだから…しがみついてみたり、キレてみたり、泣いてみたり、とりあえずジタバタしてみたり。ただ、闇雲にそうするもんだから、結局進歩もなくて。



でも、落ち込みながらも考えてみると、こう捉えることもできるんですよねぇ。



もともと、手元にあった物事がどんどん消えていったり、離れていったりしている中でも、まだ手元に残っているものもあるんですよね。さんざん見当違いのことをやって、軸がズレて、ヘコんでいる今でも、まだ残っているものがあるんですよね。



このさいひとまずは、「なくなったものは、『持っていると思い込んでいた』ものにすぎない」という事にしておいて、もう一度足場を固めますか。





同じプログラムからは、同じ答えしか返ってこないでしょうから。そういう時に、外のあり方にばっかしケチつけてみた所で、何も変わらない、変わっていない実例を、私はいくつも見てきたはずです。



だから、もっと自分を大事にしてあげよう。



そうでなければ、他人の意思しか残らない。

posted by 紫苑兼光 at 15:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 沈思黙考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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