2006年05月10日

知らぬは己ばかりなり

こう見えて、メインの守備範囲は雑学ランダム2なのだと主張してみたくなったSinです。こんばんは。ちなみに、まだ正解率90%以上を維持しているのが、ほんの少しだけ、喜ばしい事です。



ホンネバラすと…あんまりトナメや決勝で出てないだけなんですけどね。そういうことで…。







「雑ラン2を見捨てるなキャンペーン」と称して、こんな記事を紹介します。引用元はYahoo!ニュースです。





中学教科書65冊に記述ミス ひらがなを「ひらなが」



 本年度から使われている中学校教科書134冊のうち65冊の計208カ所に、誤記や古いデータの掲載があったことが10日、文部科学省のまとめで分かった。




 今年1月、高校教科書の「政治・経済」でグラフに誤りがあり、大学入試センター試験で教科書通りに解答して不正解になった例があったことから、同省が教科書会社に点検を依頼していた。




 文科省によると、誤記などが多かったのは国語の56カ所、公民32カ所、英語20カ所、地図20カ所など。




 国語で「ひらがな」を「ひらなが」と誤ったり、英語では「something」から「h」が抜け落ちていたりするなど、誤記や脱字が目立った。



(共同通信) - 5月10日11時13分更新







単純に考えれば、出版された全教科書の約半分には、3箇所以上の誤りがあると考えられます。しかも、誤記、脱字が目立ったというのは、かなり単純なミスであると判断できるでしょう。



特に、ゆとり教育が行われた事で、子どもの学力が低下しているという記述や意見がよく見られますが、これは、大人自身が「教育とは何ぞや」と考える、いい機会だと考えます。





学習要綱が削られる事によって、子どもの勉強量が減る事は、よく指摘されます。しかし、裏を返せば、それは、大人が子どもに教える量が減る、手をかけてやる時間が減ると考えられないでしょうか?



ある技術、ある知識を教える事は、教わる側のキャパシティに依存するという話をよく聞きます。逆に、教える側には、教える事柄以上のバックボーンがなければならない、という意見も同様です。



特に、知識の総量が比較的少ないとされる、小学生や中学生の頃というのは、学校教育において大事な時期です。別に「一億総英才教育」まで提言したくはありませんが、この頃にある程度、必要な知識を身につけさせる事は、今後の学習意欲を高める事にもつながるのです。





教える側というものは、何らかの形で高い地位や実力を持っていると、相対的に判断されるケースが多いです。だからこそ、教え導く事に対して、特に畏れを抱くべきです。



本質的に、彼らも孤独から逃れられないのですから。

posted by 紫苑兼光 at 18:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 沈思黙考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/35416433
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。